仕事では合理的な判断をしているのに、自分や家族のことになると、とたんに感情が判断に入り込んでくる。そんな経験はないでしょうか。
転職、独立、住宅の購入。人生の岐路と呼べる場面ほど、不安や世間体、家族への思いが、ふだんの冷静さを少しずつ欠いてしまいがちです。私自身も、何度もそうでした。
この記事では、私が大きな決断のたびに使ってきた「感情に振り回されない判断」、いったん感情を抜いて客観的見地を書き出し、そのうえで感情を足して決める、という二段構えの考え方を書いてみたいと思います。
客観性と合理性で測れるのに、自分のことになると感情に飲まれる
私は管理部門で長く働いてきました。仕事では、客観性と合理性を頼りに、落ち着いて意思決定をしてきたつもりです。先輩や自分がやってきたことを否定したくないといったバイアスがかかり、感情で判断がぶれそうになっても、「事実は何か」「最悪のケースはどこか」と問い直せば、たいていは冷静さを取り戻せました。
ところが不思議なもので、これが自分や家族のことになると、途端にうまくいかなくなります。仕事なら見えていたはずのものが、自分の人生の話になると、感情に覆われて見えなくなりがちです。
たとえば37歳で転職を考えたとき、私の頭をいちばん占めていたのは、待遇でもキャリアでもなく、「家族と離れて暮らすことになるかもしれない」という思いでした。条件を冷静に比べる前に、その一点が気持ちに重くのしかかっていました。
42歳でFIREを決めるときも同じです。大手企業の社員という肩書きを手放したら、周りの目はどう変わるだろう。お金は本当に足りるのだろうか。後者は計算すれば答えが出るはずの問いなのに、「足りなくなるかもしれない」という漠然とした不安が、先回りして心をざわつかせていました。
誤解のないように言えば、感情そのものが悪いわけではありません。家族を大切に思う気持ちも、世間体が気になる気持ちも、人として自然なものです。ただ、感情“だけ”で岐路を測ろうとすると、二つのことが起きます。怖さに足がすくんで動けなくなるか、勢いに任せて決めて、あとで後悔するか。どちらも、私が避けたかった結末でした。
①まず感情を抜いて、客観的に「リスクの大きさ」を測る
転職であれ、住宅の購入であれ、FIREであれ、人生の岐路はどれも同じです。専門職として、仕事では日々リスクを評価してきた人ほど、自然にこなしているはずのこの「測る」という作業を、自分の人生の話になると、なぜか飛ばしてしまいがちです。
そこで私がやってきたのは、判断を二つの段階に分けることです。最初の段階では、感情をいったん脇に置いて、できるだけ客観的に物事を測ります。
お金が絡むなら、まず計算する
お金が関わる決断なら、まずは計算してみることです。「足りなくなるかもしれない」という不安の多くは、実は中身がはっきりしないまま、漠然と大きく膨らんでいることが少なくありません。
FIREを決めるときの私がそうでした。けれど、資産と支出と、これからの取り崩しを具体的に数字に落としてみると、「足りないかもしれない」という不安は、「この前提なら足りる、この前提だと厳しい」という、輪郭のはっきりした問いに変わりました。不安は、測ると“具体的な大きさ”を持ちます。大きさが分かれば、それが向き合える相手なのかどうかも見えてきます。FIREという選択そのものについては「一度きりの人生、やりたいことをやる」に書いています。
具体的には、こうです。当時の私の資産は、金融資産・iDeCo・現金を合わせて1.5億円ほどでした。けれど「1.5億円ある」だけでは、足りるかどうかは分かりません。そこから、60歳まで動かせないiDeCoと、生活防衛資金として残す現金を除くと、実際に取り崩せる元手は1.1億円ほど。そこから生まれる配当(税引後でおよそ年280万円)と取り崩しを、年間の支出と並べてみて、ようやく「足りる・足りない」が具体的な比較になりました。
具体的な計算の進め方は別の記事にまとめましたので、関心があればそちらもご覧ください。
自分のFIREラインを計算する5ステップ【1.5億円でFIREした私の計算式】
プロコンを「書き出す」
お金で測りきれないものについては、得るものと失うもの(リスク)、いわゆるプロコンを書き出します。ここで大事なのは、頭の中で考えるだけでなく、(紙でも電子でも良いので、)実際に書き出す、ということです。そして、この「失うもの」を書き出す作業は、そのまま、自分が引き受けるリスクの大きさを測る作業でもあります。
頭の中だけで考えていると、同じ不安が何度もぐるぐると回り、いつまでも結論にたどり着きません。ところが書き出してみると、ぐるぐるしていた感情が、一つひとつの項目として外に出ていきます。「失うもの」の欄に並んだものをながめると、漠然と怖かったはずのリスクが、案外、向き合える大きさに見えてくることもあります。逆に、書き出してはじめて「これは思っていたより大きい」と気づくこともあります。いずれにせよ、測らないことには、大きさは分かりません。
たとえば私が転職を考えたとき、「失うもの」の欄に書いた一つは、転職初年度に出ないボーナスでした。私の場合は約120万円、半年分ほどです。頭の中では漠然と重くのしかかっていた不安も、こうして金額にしてみると、「半年分の我慢で済む」と、向き合える大きさに変わりました。
転職のときの「得るもの・失うもの」をすべて書き出した話は、別の記事で詳しく書いています。
30代課長の転職決断フレーム【得るもの・失うものを全列挙する】
整理すると、客観で測る手順はそれほど複雑ではありません。お金が絡むなら、数字に落とす。お金で測りきれないものは、得るものと失うものを紙に書き出す。そのうえで、起こりうる最悪のケースの大きさを、一度だけ見ておく。この三つで、リスクは「漠然とした怖さ」から「向き合える大きさ」へと、姿を変えていきます。
②そのうえで、感情を足して決める
ここまでが、第一段階です。お金を計算し、プロコンを書き出して、客観的な土台を作る。けれど、ここで終わりではありません。
土台ができたら、最後に自分の感情と価値観を足します。客観的にはこちらが有利だと分かっていても、どうしても譲れない思いがある。あるいは、数字の上では些細でも、自分にとっては大きな意味を持つものがある。そこは、他人が決められる領域ではありません。自分で考えて、自分で決めるしかないところです。
私の場合、転職では「家族と離れて暮らす」ことの重さを、待遇やキャリアという客観材料の上に乗せて、最後まで考えました。この時はまだ子どもがいなかったので、「離れて暮らすデメリットは大きくない」と感じました。子どもがいれば「家族と離れて暮らす」意味合いが異なるので、おそらく転職していなかったと思います。
FIREでも、「肩書きを失う」ことへの気持ちを、計算で見えた数字の上に置いて、自分に問い直しました。
正直に言えば、私はもともと、感情よりも客観的な合理性を優先しやすいタイプです。だから、この「客観で土台を作ってから感情を足す」というやり方が、性に合っていたのかもしれません。感情を先に立てたい人にとっては、また違う配分があるはずです。どちらが正しいということではなく、自分がどちらに重きを置く人間かを知っておくことが、決断を助けてくれるように思います。
一つだけ、確かに言えることがあります。それは、客観と感情を“ごちゃ混ぜ”にしないことです。先に客観で土台を固めておくから、最後に感情を足しても、足を取られずに済みます。順番が逆になって、感情の中で数字を見ようとすると、不安に飲まれて、何も測れなくなってしまうのです。
まとめ 大切なのは、扱う順番
人生の岐路で、感情に振り回されないために。大切なのは、感情を消すことではなく、扱う順番だと思っています。
大きな判断ほど、まずは感情をいったん脇に置く。お金が絡むなら計算し、それ以外は得るものと失うものを書き出して、客観的に大きさを測る。そのうえで、自分の感情と価値観を足して、最後は自分で決める。この順番を守るだけで、岐路の景色は、ずいぶん違って見えるはずです。
もし今、転職という岐路の前で迷っているなら、最初の一歩はとても小さなものです。「転職したら、待遇はどう変わるのか」という客観材料を、一つ手に入れてみる。それを知るだけなら、お金はかかりません。私自身、転職を決める前に、自分の待遇が今どう評価されるのかを、エージェントに確かめてみました。その体験は、別の記事にまとめています。
JACリクルートメント体験記。登録から内定・年収交渉まで、実際どうだったか

