29歳で海外赴任に自ら志願した話:日本の「暗黙知」と「完璧主義」の外で学んだこと

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「海外で働いてみたい。でも、自分なんかが手を挙げていいのか」。そんな迷いを抱えたことはありませんか。私は29歳のとき、社内公募で海外赴任を志願しました。入社6年目、係長級の頃の話です。法務担当として、国内の契約・法律相談・コンプライアンスを一通り経験した時期、海外への気持ちはぼんやりと持ち続けていました。

社内公募で研修生の募集を見たとき、「ここで手を挙げなければ機会を逃す」と感じ、志願しました。1年半の研修だったはずが、結果として同じ国で駐在員を続けることになります。

「自ら手を挙げた」ことが何をもたらしたのか、振り返って残しておきたいと思います。

目次

29歳の社内公募、「海外で何かをやりたい」が形になった瞬間

当時、私は入社6年目、29歳、係長級というポジションでした。担当業務は国内の契約、法律相談、コンプライアンスで、一通り経験を積めた時期です。海外への興味はもともとありましたが、機会を待っていた状態でした。

未婚で子どももいない時期でしたので、家族の意思決定に縛られずに動けました。海外赴任を未婚のうちに経験できたことは、後から振り返ると、自分のキャリアにとって大きな意味を持ったと思います。

社内公募で研修生の募集を見たとき、「ここで手を挙げなければ機会を逃す」と感じました。国内業務に大きな不満があったわけではありません。「動くなら今だ」という感覚に近かったように思います。

志願のプロセス、上司の温かい応援

上司は、経験者が一人抜けると組織が薄くなるので、本心では「抜けてほしくなかった」と思います。それでも、温かく応援してくれました。志望動機書を書く段階でも、アドバイスをくださいました。

このときの上司の対応は、いまでも感謝として残っています。手を挙げた部下を引き止めずに送り出してくれる。そういう組織にいたことは、自分のキャリアにおいて運の良いことだったと思います。

派遣先と「やりきって帰る」モチベーション

派遣先は中国で、研修の期間は1年半でした。「会社命令」で行ったのではなく、「自分から手を挙げて行った」結果としての赴任です。そのため、「やりきって帰らないといけない」という強い責任感が、最初から自分の中にありました。

この内発的なモチベーションは、振り返ると、自ら志願したことの最大のメリットだったと思います。会社命令で行く場合と比べ、現地での行動の起点が違ってくるのです。

結果として、1年半の研修期間を経て、私はそのまま同じ国で駐在員として残ることになりました。たまたま前任者の帰任タイミングと重なったという幸運もありましたが、研修期間中に中国語で仕事ができるようになり、現地スタッフと良好な関係を築け、研修生でありつつ現地のコンプライアンス推進で着実に成果を残せていたことが、現地の社長や日本側に伝わっていたのだと想像しています。

「志願する」というのは、単に行きたい場所に手を挙げるという意味だけではなく、その先のキャリアの分岐を自分で引き寄せる行為でもあるのだと、いまになって感じます。

国内では得られなかった発見

日本式「暗黙知」の外で見たもの

印象的だったのは、現地の人同士のコミュニケーションでも、「オウム返し」で相手の言ったことを確認する習慣でした。「あなたは○○と言いましたね?」と毎回確認するのです。

日本人同士には「こういうことだよね」という暗黙知があります。それは普段意識されないほど自然なものですが、海外に出ると、それが日本特有のものだったと気づきます。「言葉にしなくても伝わる」という前提は、グローバルな環境では通用しないということを、現地で日常的に体感しました。

この気づきは、帰国後の業務にもずっと活きています。背景や前提を、はっきりと言葉にして伝える。それは、海外で身につけたいちばん大きな習慣の一つです。

「60-70点」で進める優先順位の感覚

日本人は完璧を求めがちです。一つひとつの仕事を、最後の細部までしっかり仕上げる。それは、日本企業の中では美徳とされる場面が多いです。

ただ、現地では、それが文化的に合わない場合があります。完璧を求めると、結果的に何もできない。そういう場面が少なくありませんでした。

そこで必要になったのが、「優先順位をつけて、60点、70点で前に進める」という発想でした。すべての論点に同じ深さで対応しようとすると、限られた時間で何も終わらない。重要なものから片付けて、ある程度の質で次に進む。この感覚は、その後の管理部門の仕事でも、人生のいろいろな判断でも、ずっと使えているように思います。

現地スタッフのマネジメントで学んだこと【背景を説明する習慣】

現地スタッフは、流動性が高く、会社経験が短い人が多い環境でした。日本のように同じ会社で長く働く前提がないため、自社の事業や日本企業特有の考え方への理解が、もともと深くないのです。

「この契約条件はこうすべき」と結論だけ言っても、なぜそうするのかが伝わりません。一方、業務と会社経営・業績との関係を丁寧に説明すると、相手のモチベーションが大きく上がる場面が何度もありました。

説明すれば素直に理解し、自分なりの工夫を加えてくれる。そういう同僚たちでした。その点では、ある意味とてもやりやすいとも感じました。

帰国後の業務でも、「丁寧に背景を説明する」という習慣は続いています。これは、現地で身についた、もう一つの大きな習慣です。

言葉の壁と、海外生活ならではの財産

最初は、ケンタッキーで「オリジナルチキンを2つ」頼むのにも苦労していました。注文の中国語が出てこない。聞き取れない。それくらいのスタートでした。

それでも、業務と生活で言葉を使い続ければ、必ず慣れていきます。完璧な中国語より、伝えようとする姿勢のほうが、現地では大事だったと感じます。

業務以外で得られたものも、振り返ると小さくありません。他社の駐在員との接点や、普段は行けない場所への旅行など。そういう副次的な財産については、また別の機会に書きたいと思います。

海外赴任を志願するか迷っている方へ

最後に、海外赴任を志願するかどうか迷っている方に、私が伝えたいことを残しておきます。

自分の未来は、自分で決めるしかない、と私はいまでも思います。海外での勤務や生活の経験は、ビジネスパーソンとしても、一人の人間としても、確実に厚みをもたらしてくれます。

海外に行ける会社にいる方は、機会があるなら、ぜひ手を挙げてみてほしいと思います。そうでない方は、会社を変えるという選択肢も含めて考えてみてほしいと思います。自分の未来を自分で決めるという意味では、同じ行為だからです。

まとめ 志願してでも、海外の現場は行く価値がある

29歳で社内公募に手を挙げたことは、自分のキャリアと人生にとって、最も大きな決断のひとつになりました。「自ら志願した」ことで生まれた責任感とモチベーションが、現地での信頼に変わり、研修後の駐在キャリアにつながっていきました。

そして、日本の「暗黙知」の外、「完璧主義」の外で過ごした時間は、その後の仕事の進め方や、人生の判断軸そのものに、深く残っています。

迷っているなら、まずは小さく手を挙げてみる。それくらいから始めて、十分なのではないかと思います。

打診を受けて行く海外赴任と、自ら手を挙げて行く海外赴任。その違いについては「海外赴任の打診を受けたら知っておきたい」に書いています。

帰国後のキャリアの話は「海外赴任は、終わってから効いてくる」に書いています。

海外赴任で暗黙知と完璧主義の外に出て変わった4つの習慣の図解

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